なだぎ武 エピソード&プロフィール

史上初の快挙に号泣!なだぎ武がR−1ぐらんぷり連覇達成!
 史上初の連覇だ! 一人話芸日本一を決める「R−1ぐらんぷり2008」の決勝が17日、大阪市のなんでもアリーナで行われ、お笑いユニット「ザ・プラン9」のなだぎ武(37)が昨年 に続き、史上初の連覇を達成した。賞金500万円と“ピン芸人日本一”の称号を再び手に入れ、「ウソのような本当の話、起こるんですね」と号泣だ。

 大粒の涙がほおを伝った。過去最多の2731人の頂点に立ったのはなんと昨年の王者でもある、なだぎ武だ。

 8人で争われた決勝で上位2位に残ったのは、なだぎと芋洗坂係長(40)。そして、優勝者の発表で「1位」に自分の名前があるのを確認すると、なだぎはガッツポーズ。あとは顔を押さえ体を震わせながら、感激の涙を流した。

 「いろいろな…プレッシャーもあったんですけど…。いや、もう本当…」。喜びのコメントは嗚咽で言葉にならない。

 昨年は交際中のお笑いタレント、友近(34)とのコンビでみせる「ディラン」のキャラクターで爆笑をさらったなだぎだが、今年は文化祭の出し物を決める学生のコントを披露。THE虎舞竜の「ロード」を歌うと、手にしていたファミコンのコントローラーが故障し、「トラブリュー発生」などとギャグを繰り広げ、“なだぎワールド”に誘った。

 V2への道のりは想像以上の重圧があった。それでも「自分で面白いと思えるネタができつつあった。(ディランの)イメージでないものをやって、どうなるか挑戦だった」。司会の雨上がり決死隊の宮迫博之(37)、蛍原徹(40)にも相談。2人の前で「結果を見せられた」ことが涙のワケだった。

 「ウソのような本当の話、起こるんですね」と自身の快挙に驚きながらも、「去年より意味のある優勝。何か弾けた感じ」と充実感でいっぱいだ。昨年と合わせて賞金1000万円をゲット。名実ともにピン芸の頂点にいる今、そろそろ次なるゴール、友近との結婚が気になるところだ。(Yahoo/サンケイスポーツ)


なだぎ武 エピソード&プロフィール
なだぎ 武(- たけし、本名:灘儀 武(読みは同じ)、1970年10月9日 - )は、日本のコメディアン、お笑いタレント、漫談家である。2007年,2008年R-1ぐらんぷりの勝者。現在では単独での仕事が大半だが、実際にはピン芸人ではなく、お笑いグループ「ザ・プラン9」のメンバーの一人であり、元々はお笑いユニット「スミス夫人」のメンバーであった。大阪府堺市出身。血液型A型。身長170cm。桃山学院大学文学部卒業。R-1ぐらんぷりで史上初の2連覇を成し遂げた。

【来歴・人物】
■芸人を目指すきっかけ
芸人を目指すきっかけは、学生時代に自分のネタで唯一笑ってくれた女性。その女性から視力が落ちてしまう病気であることを告白され、手術を怖がるその女性を勇気づけるためという。以前その子に言われた「灘儀が芸人になったら、私みたいに冷めてる人を笑かすんやろな」という言葉を受け「絶対に芸人になるから、手術して治った目で俺を見て欲しい」と約束した。

■NSC入学とコンビ結成&解散、なだぎの芸風
1989年の4月、当時18歳だったなだぎは、大阪NSCの8期生として加入し、同年8月に同期の松村博司とスミス夫人を結成。コンビ当時は「自分の顔をプリントしたTシャツを着て現れる」などといった変人キャラを演じる松村に対してなだぎが容赦なくツッコミを入れるが、松村はそれ無視するかのように延々とボケ続けるというスタイルのコントが多かった。シュールで奇天烈なキャラの松村とマシンガンのようなツッコミを繰り出すなだぎのコントラストが受け、一部のファンから絶賛されていたが、2001年に解散。翌2002年にザ・プラン9にヤナギブソンと共に追加メンバーとして加入した。1989年のデビューなのでナインティナインの一年先輩にあたるが、下積み期間が長く遅咲きである。ザ・プラン9の結成が2001年であることから、一年後輩のナインティナインや同期の千原兄弟、雨上がり決死隊などが中堅芸人として扱われる一方、なだぎは若手芸人の扱いを受けることが多い。また、お笑い第五世代の芸人に分類されているため、第五世代の芸人の中で最も芸歴が長い。恋人の友近とは、芸歴に11年の差があるが、友近の方が下積み期間が短く早咲きである。最近ではザ・プラン9以外に、後述のディランというキャラクターを持ちネタとした活動も増えている。また、演技力にも高いものがあるため、プラン9本公演では主役や物語を大きく動かす役が多い。

2007年の1月にR-1ぐらんぷりに出場。ディラン・ネタで見事、優勝を獲得。ちょうどグランプリをTVで見た黒柳徹子は、彼のディラン・マッケイの物まねに魅了され、自身の番組「徹子の部屋」になだぎを実生活で恋人の友近と共に招いた。黒柳は、32年間番組をやってて、自分の招きたいゲストを番組スタッフに伝え、出演させた事を今まで1度か2度しかした事がない、念願が叶ったと公言。そして、なだぎの芸を絶賛した。

ザ・プラン9の中で最年長かつ最も芸歴が長い。

【エピソード】
■コンビ命名
・大変な映画マニアであり、それが芸風や芸名にも反映している。以前のコンビ名「スミス夫人」はヒッチコックの数少ないコメディ作品『スミス夫妻(Mr. and Mrs. Smith)』(1941年、日本未公開)からつけられたもの。なお、ザ・プラン9は後藤ひろひとがつけたもので、メンバーは命名に関わっていないと思われる。

■R-1ぐらんぷり出場
・ザ・ブラン9のメンバーである浅越ゴエとは1997年12月のオールザッツ漫才の一回戦で、お互いが当時組んでいたコンビの「スミス夫人」(なだぎ)と「デモしかし」(浅越)として対戦したことがある。
・2007年のR-1ぐらんぷりでは、友近と戦った。結果発表でチュートリアルの徳井義実と同点の456点になった。その為、審査員による決選投票が行われ、なだぎに4票、徳井に1票という結果が出てなだぎがR-1王者となった。2008年のR-1ぐらんぷりも制覇した。

■改名
・ザ・プラン9加入当初はナギナギオという芸名で活動していたが、ヤナギブソンと名前を間違えられる事が多くなり、2005年6月に芸名をなだぎ武に改名している。ナギナギオからなだぎ武に改名する際、当初はギブソンが改名する予定だったがギブソンが断ったため、仕方なくなだぎが改名した。
・中之島演劇祭2006で共演した島木譲二に、なぎさ武や柳田武、なぎなた武など、散々名前を間違えられた。

■容姿
・年齢とは相応しない肉体と運動神経を誇る。今でこそ体格が良いが、前コンビ時代は痩せていた。
・BON JOVIのファンで、PVを撮ったことがある。
・2005年には関西テレビの金曜深夜の番宣枠にて「カンテーレ〜真夜中のエンターテイナーなだぎ武〜」なる約10分のミニ番組を担当していた。好評につき翌年にも「帰ってきた真夜中のエンターテイナーなだぎ武」として復活している。番組宣伝の合間に1人で様々なネタを披露するというものである。それまでは水谷豊の物まねをよくしていた。
・2007年9月29日放送の「オールスター感謝祭07秋」では武田鉄矢からアントニオ小猪木と間違われた事がある。
・2007年6月、大阪府泉南郡岬町にある「みさき公園」の「ぷ〜るらんどRiO」イメージキャラクターに起用される。

■私生活
・2006年12月19日に友近との熱愛が週刊誌に報じられた。交際は両人とも認め合っていて、よくバラエティー番組で共演する。更に、後述のディランの相棒「キャサリン」に友近が扮したコント芸まで開発し、2007年2月10日に「ディラン&キャサリン〜難問続出!?恋の数式大パニック〜」というイベントを開催した。
・イメージカラーはオレンジ。
・平山昌雄、南海キャンディーズ、レイザーラモンなど多くの芸人に慕われている。
・PLANETはSaturn(土星)
・軽い潔癖症らしく、ポテトチップを食べる時、服や口の周りが汚れないようにチップを二本の指でつまみ、顔を上に向けてそっと口に落とし込むらしい。
・嫌煙家である。
・全国的に有名になった現在も実家に住んでいる事やR-1で獲得した賞金にまだ手をつけていない事を新春番組(2008年)『今年も生だよ芸人集合 笑いっぱなし伝説』 (吉本芸人総出演の深夜番組)で司会の今田耕司と東野幸治にばらされた。本人は、売れない時期が長かった為「今まで地下生活が長かったもので」とコメント。


【ディラン】
ディラン(ディラン・マッケイ)は、なだぎが演じるキャラクター。元ネタはビバリーヒルズ高校白書シリーズの同名の登場人物。2005年のオールザッツ漫才でテレビ初登場。

必ず自転車に乗って登場し、自転車から降りて舞台のセンターに立つまでの流れがお約束となっている。まず不必要に脚をピンと伸ばしてオーバーアクションで自転車を降りる。その際いかにもアテレコじみた(後述)口調で「今自転車を降りているぞ…間違いなく今自転車から降りている…よぉし降りた」と言う。その後自転車を舞台の脇に留めるが、ここでも「…今自転車置きに行ってるぞ…」と一連の台詞が入る。そして舞台中央に戻ってネタをはじめる。また自己紹介の際に「ビバリーヒルズ青春白書でお馴染みのディラン…(間)…マッケイだ」または「ビバリーヒルズからやってきたディラン…(間)…マッケイだ」と、必要以上のタメ(短くても3秒以上だが、最近は数十秒かけるのがザラになっている)を作るのも定番である。番組ゲストでディランとして呼ばれた際、椅子に座る前に自転車を降りる際と同様の足上げを行い、その勢いで着席に失敗するというネタをすることがある。

当初は自転車には乗らず、「ブレンダ」「ケリー」「ピーチピットのナットさん」など元ネタに纏わる小ネタでマニアックな笑いを誘っていた。その後自転車は欠かせない小道具の1つとなり、アメリカンジョーク等の決め言葉を言った後は自転車のベルを鳴らすなどという行動もお約束になっている。そのため自転車特集を組んだ雑誌『ターザン』にディランのキャラでいつも使っている自転車と共に登場したこともある。

腕時計を必要以上に目に近づけて「もうこんな時間だぁ!」というネタがあるが、これは「スミス夫人」の時に使っていたネタである。

人の話を聞くアクションの際、「…にゃ、…にゃあ、…」("and yeah" または "'n yeah" を誇張したもの)と相槌をうつ。また、異常に体を後ろにそらす事がある(ネタ中で「これは日本の漫画「ジョジョの奇妙な冒険」の空条承太郎の真似だ」と話している。ちなみに、ディランの吹替えもアニメの承太郎も同じ小杉十郎太が演じている)。

ヘアスタイルは変化しており、当初はパーマがかった黒髪のリーゼント、2代目は茶髪のリーゼントであった。現在(3代目)は金髪のリーゼントである。

ディランのキャラは、もともと「ビバリーヒルズ青春白書」の日本語吹き替え版でディランの声を担当している小杉十郎太の真似がなだぎの持ちネタであったことと、当時の彼女が「ビバリーヒルズ青春白書」を見ていた事から発想された。さらには、ホフディランのシングル「キミのカオ」において、「ビバリーヒルズ青春白書」をパロディにした小杉のナレーションにも感銘を受けたと語っている。当初は楽屋で「ビバリーヒルズ青春白書」を知る芸人仲間等へ観せていたという。海外ドラマ特有の「大げさなセリフ回し」や「アメリカンジョーク」、「アテレコによる独特の空気感」をデフォルメした芸風だが、ビバヒルファンの今田耕司も認める激似ぶりである(最近では今田も言い回しを真似する事がある)。前述の2005年「オールザッツ漫才」において、レイザーラモンHGに続くキャラを探せという企画で披露された際、元ネタを知らない層にも好評を得る。これがこのネタのブレイクの最初の切っ掛けとなった。なおこのネタは本人曰く、「元々このオールザッツ漫才のためだけにつくってきたものだった。」

2006年からは本家「ビバリーヒルズ青春白書」には登場していない新キャラとして相棒のキャサリンが登場している。

なだぎは「R-1ぐらんぷり」でもディランネタで参加。2006年は準決勝で敗退したが、2007年は徳井義実(チュートリアル)と共に最高得点を記録し、審査員5人による決選投票で勝利し優勝を果たし、ザ・プラン9からは浅越ゴエに続き2人目のチャンピオンを輩出した。

2007年、ドラマで本物のディランを演じたルーク・ペリーや、日本語吹替えを担当した小杉十郎太との共演がそれぞれ実現している。

2007年10月からは、アニメ『ケロロ軍曹』のオープニング曲に、"ディラン&キャサリン"が歌う「フンダリー ケッタリー」が使用されている(CDも発売中)。また、"ディラン&キャサリン"では「ビバリーヒルズ晴天白書」なるコントDVDも発売している。

2007年11月、ホフディランのシングル「カミさま カミさま ホトケさま」のジャケットにディランを演じるなだぎが起用されたが、ビバリーヒルズ高校白書の権利関係者からこのジャケットが同番組のパロディに当たるとのクレームが入り協議を行ったところ、発売直前になり同シングルの発売は延期され、ジャケットが差し替えられることとなった。

オールスター感謝祭のマラソンを走り終わり、島崎和歌子に「大丈夫ですか?」と聞かれたところ、「悪ぃが自転車を用意してくれないか」と言った。

(出典:Wikipedia)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?b=20080218-00000001-sanspo-ent

たむけん語録、エピソード他

たむけん暴露!不機嫌沢尻in大阪
 沢尻エリカは大阪でもバリバリの不機嫌モードだった-。ふんどし姿の獅子舞ネタでおなじみのお笑い芸人・たむらけんじ(34)が初司会を務める新番組「GA-tuuun!(ガツン!)」(テレビ大阪、日曜前11・30)がスタートした7日、会見でこんな仰天エピソードを暴露した。
 9月に映画のキャンペーンで来阪した沢尻。たむけんによると、“準キー局”大阪のテレビ局のインタビューを受けた後「だから田舎のアナウンサーは嫌いなの!!」と吐き捨てていたという。そのヤリ玉に挙がったのが「ABCの喜多(ゆかり)アナ」らしく「震え上がってましたからね〜」と女子アナの“恐怖体験”を暴露。さらに「友近も怒ってましたよ」と“爆弾”を連続投下。「謝っても、(女王様キャラを)貫いてもアカン。刑務所行きや!!」とまで言い切っていたことまで暴露した。
 実は関西ではもう1人の女子アナKも、インタビュー中に沢尻が不機嫌になり、プイッと1時間いなくなってしまい、Kが泣きだしてしまった“事件”もあった。
 新番組では有名人に自ら出演交渉するコーナーがあり、たむけんは「エリカ様。会いに行くなら、今ですよ」と恐る恐る対面を希望していた。(Yahoo/デイリースポーツ)


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?b=20071007-00000023-dal-ent

【たむらけんじ】について
たむらけんじ(本名:田村 憲司、1973年5月4日 - )は大阪府阪南市出身のお笑い芸人。吉本興業大阪本社所属。吉本総合芸能学院(NSC)大阪校11期生。大阪府立和泉高等学校卒業。愛称「たむけん」。A型。

【略歴】
■同期にはココリコ、陣内智則、ケンドーコバヤシ、中川家、ハリガネロック、烏川耕一などがいる。

■既婚。1998年生まれの長男と2002年生まれの長女がいる。

■高校時代の同級生(大北貴洋)とLaLaLa(ラララ)というコンビを組んでいたが、1999年8月に解散。以降はピン芸人として活動している。劇場アンケートネタなどが代表作。

■以前は心斎橋筋2丁目劇場やbaseよしもとの中心人物で、同期や後輩を集めたライブをプロデュースするような立場であったが、2001年頃よりヘタレキャラに転身。

■2001年9月にbaseよしもとを卒業後、東京に進出。主にルミネtheよしもとの舞台でピン芸をやったり、新喜劇に参加していた。また、『いきなり!黄金伝説。』(テレビ朝日系列)の人気企画「1ヶ月1万円節約生活」や、同番組の「夫婦で節約生活」に妻とともに挑戦した。2003年大阪に本拠を戻し、以降はうめだ花月を拠点に活動中。

■2002〜2004年放送の「オールザッツ漫才」での、獅子舞を片手にふんどし姿で他の芸人を罵倒するネタで注目を浴びる。特に同期の中でも売れっ子である陣内智則を標的とし、「陣内死ね!」を連発(見ていた陣内は大爆笑)。2005年放送の「オールザッツ漫才」ではキョンシーの格好をしてネタを披露した(内容は過去の年とほぼ同じ)。ある意味究極の「スベリ芸」である。また、2006年のオールザッツ漫才では陣内と藤原紀香との結婚について毎度ながら激しくツッコんでいた。

■また「めちゃ×2イケてるッ!」の笑わず嫌い王決定戦に出演。「東京で売れてる芸人、全員死ね!」というオールザッツとほとんど変わらないネタを披露した(ただしこの回の大阪吉本芸人のネタは、たむらと同じくほぼ前年のオールザッツのコピーであった)。同番組内では紹介時、堂本剛に『かわいそうさん』と言われた。「笑わず嫌い王決定戦」に出場した若手芸人はその後ブレイクすることが多いが、たむらは出演後半年以上経ってもなぜか全くブレイクの兆しがなかった。

■その後、同番組の「めちゃイケファンド」(めちゃイケ参照)で「投資対象芸人」となり、雛形あきこにネタをコピーされた挙句、本人よりも笑いを取った。

■「笑いの金メダル」のワンミニッツショーなどで徐々に東京での露出も増え、全国区の階段を昇りつつある。ただ、地元関西の番組では特にキャラクターを作らず素顔で出演するのに対し、東京の番組では「獅子舞」「ふんどし」「サングラス」の色物キャラが定着してしまったため、この扮装で出演することが圧倒的に多い。関西と関東でキャラクターを巧みに使い分けている。そのため「関西では手ぇ抜いてんねやろ」と陣内に言われる(なるトモ!より)。本人曰く、関ヶ原を境に関東モードに切り替わるという。

■ギャグは「○○ちゃ〜。」が一般的。

■最近ではヘタレキャラに加え、嫌われキャラも。また、白いふんどしにサングラスがいわば彼の芸人としての「正装」であり、リアクション芸人顔負けのスタンスでテレビ番組への露出も多くなってきている。

■視力が悪い。コンタクトレンズを装用した上にサングラスをかけている。まれにめがねをかけてTV番組に出演することもある。

■2007年年明けにテレビ東京系で放送された「2007年最も売れる吉本NO.1伝説」にて、占い芸人小笠原まさやによる占いで「2007年最も売れる芸人1位」に選ばれた。(ちなみに最下位は山下しげのり)

■2006年末に発売されたPS2ソフト「桃太郎電鉄16 北海道大移動の巻!」では、たむけんのパロディ「たむらぎんじ」(スリの銀次の変装パターン)が登場した。

■大阪の城東区(蒲生四丁目)に焼肉の店『炭火焼肉たむら』をオープン(元々は妻の親が焼き肉屋をやっており、田村名義に変更)。なお、開業資金の一部を妻の親に援助してもらった。

■自宅は大阪市東成区深江南。愛車はメルセデスベンツ(7年ローンのML350)の白。

■2006年末に放送されたガキの使いの罰ゲームでは変質者として出演した。建物の屋上に上がり、しゃくれ署の警官達から「早く降りて来い!」と促されるものの、たむらは「お前らが俺のことおもんない言うからこんなことしとるんやないか〜!分かった、じゃあこうしよう。俺がおもんなかったら降りたる」。とネタをいくつか披露した。

■ジャイケルマクソンの「芸人だらけの水泳大会」において、楽屋での休憩中、たむらは一輪車の練習中に、食事中だったブラックマヨネーズ小杉竜一に激突してしまい、「ごめん、ごめん」と謝った。小杉はたむらに「たむらさん、みんな何て言ってるか知ったはりますか?高島屋の前にいる若者と、い、一緒やって言ってますよ。」と突っ込んだものの肝心な箇所をかんでしまい、たむらは「かむなよ、大事なとこ」と逆に突っ込んだ。

■2007年2月17日の陣内智則と藤原紀香の結婚式に、吉本の芸人仲間として出席(他にはなるみ、海原やすよ・ともこ、ケンドーコバヤシ、シャンプーハット小出水)。結婚式会場でのカメラ撮影は禁じられていたにも関わらず、陣内の親戚達がカメラで写真を撮り始めたので、たむらも写真を撮った。

■藤原紀香の弟に電話番号を一方的に渡したらしい。また結婚式終了後に藤原紀香がたむらのネタ「ちゃ〜。」を演じてくれるハプニング?があった。

■陣内家から「うちに野菜を採りにこーへんか?」と招待され、楽しみにしている子供たちを連れて出かけていくと、案内されたのは果樹園ではなく何と裏庭の家庭菜園だった(NGKでの末成由美還暦記念イベント中での発言)。


【人物】
■「陣内死ね!」というたむらお得意のネタについて、ケンドーコバヤシに「お前も俺のこと見捨てた。東京行く前は一緒に陣内いじっとったのに、帰ってきたらやっとらんし」と言ったところ、コバヤシに「あれは俺がやってウケてるの見て、あんたが乗ってきたんですやん。だから俺やらなくなったんですよ」とバラされた。

■プライベートではたむけんファミリー・通称TKFの主宰者。TKFのTシャツを貰った人は自動的にファミリー加入となり、加入した芸人らはTKFのイベントに強制参加となっている。

■間寛平・$10・サバンナと共にユニットコントライブ『宇宙ターザン』を不定期に開催している。DVDも発売された。

■『M-1グランプリ2005』予選のために結成された山崎邦正とカンニング・竹山隆範の「竹山崎」に、2006年度は新たにたむらが加入、「たむらけんじと竹山崎」として参戦した。結果は予選三回戦敗退。

■身体能力はそれなりにあり、中学・高校とソフトテニス部に在籍。中学時代には大阪のインドア大会で1位になった。またTKFでスポーツ大会を頻繁に開催している。

■笑福亭鶴瓶と初対面した時、いきなり本人が大便するところを見せられた。

■ケンドーコバヤシ曰く、雨上がり決死隊・宮迫博之、宮川大輔に並ぶドSキャラである。若い時、後輩芸人を道頓堀に投げ落としたことがあるらしい。しかし、後輩に対してしているSな行動は、「俺等のパクリや!」と宮迫に言われる(芸人が集まる居酒屋 たこしげより)。

■ヨシモトファンダンゴTVのM-1優勝特番で、優勝者のチュートリアルの福田の声を聞いたとたんに、感極まって泣いてしまう気の優しい一面も垣間見せた。

■クイズ!ヘキサゴンIIの予選ペーパーテストでは、初登場で3位と意外と好成績を残している。しかし、他のゲストから「納得がいかない」「バカのイメージが強いくせに」と批判されてしまった。その後の2007年2月21日の放送分では35点で1位を記録したため、その時もカンニングしたのではないかと評判は散々なものであった。

■妻との仲は一時期相当ギクシャクしていたらしいが、現在は修復しているとのこと。

■バッファロー吾郎主催のダイナマイト関西2003で、スペシャルマッチに登場。次長課長の河本準一としょっきり形式で大喜利を行なう。スベりに行ったときと、本気で笑いを取りにいったときの客の反応が両方とも同じだった。

■プライベートでは破天荒なところは一切なく、礼儀正しくコツコツとした性格である。家での姿はスウェットに眼鏡で、テンションはかなり低い。

■炭火焼肉たむらのオーナーとして、平均年齢20歳の店長・店員をまとめている。店の清潔に常に気を配っており、店の掃除が行き届いていないことを楽屋から店長に電話で注意するほど。店員のたむらへの評価は「真面目」「厳しい」「テンションが低い」。店に来た客へサービスで「ちゃ〜」を披露することも。店で使う野菜は、後輩の土肥ポン太が経営する八百屋から仕入れている。2007年1月の売り上げはM-1グランプリの優勝賞金額1千万円を超えた。

■2007年3月に行なわれた末成由美還暦記念イベントの休憩中、炭火焼肉たむらの従業員を電話で説教した。

■長男に、「パパ〜、今日学校で『お前ん家のお父さんおもんない』って言われた〜。」と後輩もいる席で突然言われ、「そいつに『お父さんと大喜利で勝負させ!』って言うとけ!」と返したらしい。

■かなりの綺麗好きで、洋式トイレでは男でも必ず便座に座って小用を足すよう勧めている。立って小用を足すと、尿が飛び散って掃除しなければならないから。

【たむけん語録】
「東京で売れてる芸人全員死ね!」
「放り込め!放り込め!かーねーもとっ!」(←金本知憲)
「放り込め!放り込め!はーまーちゃん!」
「放り込め!放り込め!なかむらゆたかっ!」
「何やー!?家で飼うてるウーパールーパー死んだんか?」
「アホか東京!」
「東京で売れてる芸人の妹、売れてないバンドのドラマーと付き合え!」
「東京で売れてる芸人の肌荒れろ!ブツブツになれ!」
「東京で売れてる芸人の近所のコンビニ潰れろ!」
「東京で売れてる芸人の親の浮気ばれろ!些細なことでばれろ!」
「東京で売れてる芸人のおかんパーマ失敗しろ!」
「東京で売れてる芸人の飼うてる犬死ね! 知らんトリマーの腕の中で死ね!」
「東京で売れてる芸人のマネージャー風邪ひけ!そして長引け!」
「東京で売れてる芸人 この時期 鍋食うな!」(冬季限定ネタ)
「東京で売れてる芸人死ぬ前にこれだけは食うとくんやて決めとる大好物食えられへんで死ね!」
「東京で売れてる芸人 犬に噛まれろ!ホステスが寂しさを紛らわすために飼うてる犬に噛まれろ!」
「東京で売れてる芸人が乗ったタクシーの運転手 芸人にめっちゃ話し掛けろ!」
「東京で売れてる芸人 漆でかぶれろ!」
「東京で売れてる芸人 刀狩りされろ!」
「東京で売れてる芸人 今どきセガサターン貰え!」
「東京で売れてる芸人 逆剥けヒジまで行け!」
「陣内のことおもろいと思てるプロデューサー浮気ばれろ!」
「最後ネタしまーす」
「ダメ押しでネタしまーす」
「もう疲れたんでネタしまーす」
「よし売れた!!」
「あんなもんおかしいやろ」
「あんなもんいらん、いらん」
「あそこのひな壇、ボカーンなれ!」
「しいたけは洗うな」
などがある。

【ネタ】
・「同期の嫁は金持ちや〜」(同期であるココリコの遠藤章造の妻、千秋の事を言っている)
・「嫁の実家が金持ちや〜」
・「同期が紀香と結婚や〜」(同期である陣内智則のこと)
・「いきますかー!? イーチ、ニー、サーよいしょ、チャ〜」
・「ごめんチャ〜」
・「アドベンチャ〜」(アニメ「ドラゴンボール」の主題歌をフルコーラスで歌い、最後に言うパターンもある)
・「ピッチャ〜」
・「うわっ 俺って器小っチャ〜」
・「ビッグモッコリ」(稀)
・「誰が王JAPANや!!」(笑いの金メダルでスピードワゴンとコラボを組んだ際、井戸田潤の「世界一絡みづらいですね」という言葉に対し)
・「誰がボブ・デービッドソンや!!」(上記の行動でミスったとき)
・「誰がジーコJAPANや!!」(笑いの金メダルでスピードワゴンと組めなくて、井戸田潤からの言葉に対し)
・「イナバウチャ〜」
・「母チャ〜」
・「かぼチャ〜」
・「また俺のギャグ取られチャ〜」
・「緑チャ〜」
・デッカチャン口調になり「たむらけんじだよ」
・「今からここで、面白いネタしま〜す」
ネタが無くなったときはパソコンを取り出し「大抵の人にウケる事」などと検索するギャグもある。
なお、「チャ〜」という一発芸はたむらけんじの息子が考案したものである。実際にたむらけんじの息子が、テレビで「チャー」をしたことがある。
基本的に自虐的なネタが多いと言われている。

【出で立ち】
獅子舞・サングラス・ふんどし姿(なおかつ髪がカールしている)で登場し、上半身に旬な文字を書いている。東京のUHF放送局のTOKYO MXでやっている「水野キングダム」ではスーツ姿で、獅子舞・サングラス・ふんどし姿は一切していない。(サングラスも外している為、デッカちゃんに似ている。)

下記は上半身に書いている旬な文字集
「話芸の神」
「楽屋でおもろい!」
「愉快な人」
「ネッシーは いてる」
「ブリには大根」
「マムシに注意」
「海からの恵み」
「よそはよそ うちはうち」
「かな縛りは夢なのか」
「やっぱり家が一番」
「子どもは国の宝」
「夢は(サッカーボールのマーク)四年後に」
「ちかん あかん」
「ツンドラ気候」
「今日はざっくばらんに」
「風力発電が一番」
「美空の前に美空なし 美空の後に美空なし」
「海の幸VS山の幸」
「M-1獲るぞ」
「年賀状はお早めに」
「炭火焼肉 たむら」
「おもち何個入れる?」
「笑いのシンデレラボーイ」
「金魚は意外とデカくなる」
「おもち食べすぎた」
「軽い気持ちでチョモランマ」
「寝起きの口は誰でも臭い」
「自費で春季キャンプ」
「犬やったら六才」
「リズムアンドブルース」
「ボールはともだち」
「薬局界のスギ様」 (スギ薬局プレゼンツ、「元気∞!よしもと笑いスギLIVE」のみ)
「しいたけは洗うな」
「百円玉で買えるぬくもり」
「シンクロ王国ロシア」
「メガネのマーチ」
などと書いている。ちなみにこれ等はたむらが「お前字が上手いか?」と聞き、上手いと言った芸人に書かせている。(ミサイルマンのウラモン!より)

・登場時に出てくる獅子舞は自前だったが、2006年に吉本興業から50万円の獅子舞を買ってもらった。
・芸を見せるときの風貌については「髪型で笑いを取るな」と若手芸人たちに言われたことがある。笑いの金メダルでスタッフが家を訪れたときはカメラが回っているのを見て、10分ほど家にこもり髪をセットして褌姿で玄関に出てきた。

【その他の事柄】
■HGと同様、サングラスを掛けているため、『HGの様にサングラスを外す事を事務所から禁止されている』等と思っている人も多いが、実際にはその様な事は無く、サングラスは外しても良いという事になっている。そのため、東京の番組「笑金」等ではサングラスを掛けふんどし姿で出ているが、関西圏ローカル局の番組(なるとも!等)では、サングラスを取り素顔で出演している場合が非常に多い。関西でサングラスにふんどし姿のたむらを見ることは稀である。

■ネタでキツイ事をかなり言うため、子供にも容赦無いと思われがちだが、なるトモ!の企画で幼稚園に行った時、幼稚園児に優しく振舞っていた。(しかし、子供を使い、陣内の悪口をネタで言っていたが)。

■最近の若手芸人の中では珍しく、エンタ派生からの芸人(エンタ芸人)ではなく、笑金の活躍で一気にテレビへの露出がアップした芸人である。(その為最近の芸人としては珍しくエンタには一回も出た事が無い)。

■最初に笑金の「ワンミニッツショー」に出演した際、ちょうどその頃HGが旬の頃であったため、奇声で喋るネタやサングラス姿であることから、「HGのパクリ」等と批判されたが、実際には彼の方が芸歴は上であるため、ファンからは「それはおかしい」等と逆に批判されることもある。

■たいがー:りーやですよ。等が大手の芸能人に「体を張らない」、「何も面白くない」などとマスメディアやネット上で酷評されバッシングされる中、彼は笑いの面では批判されたことは少ないが、それでもやはりおかしな姿で番組に出演している為か女性ファンは少ないようである。

■移動には必ず獅子舞を持参するため空港では搭乗前の手荷物検査を受けると言う。

■「タムケン」と言う放送作家がいるが、全くの別人である。

(出典:Wikipedia)

久本雅美 年下カズ似男性とお泊り愛

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?b=20070518-00000018-spn-ent
 バラエティー番組で大活躍のタレント・久本雅美(46)に、10歳以上年下の男性との熱愛話が持ち上がった。

 18日発売の写真週刊誌「FRIDAY」(講談社)が報じているもので、お相手は会社役員の男性。同誌は今月上旬に、久本のマンションから2人そろって車で外出し、並んで歩く様子をキャッチ。友人らと食事をした後、久本のマンションに帰宅。別の日には、男性が合鍵を使ってマンションに入り、1泊したと伝えている。

 記事によると、2人は3、4カ月ほど前から交際。男性は体格が良く、サッカーの三浦知良選手(40)似のイケメン。ウエディング関連企業「テイクアンドギヴ・ニーズ」の社長で“ヒルズ族”を代表する若手実業家の野尻佳孝氏(34)と明大中野高校の同級生で、芸能界にも知り合いが多いという。

 “モテない女芸人”を芸風にしている久本は、所属事務所を通じファクスで「フライデーされちゃいました。私が一番びっくりしていま〜す」とコメント。男性については「仲の良いお友達の方です。みんなでワイワイ食事したりしてま〜す。舞台を見に来てくださったり、その流れで若手メンバーと一緒に飲みに行ったり楽しくやってますよぉー」と友人関係を強調。

 さらに「私も出っ歯とはいえ1人の女ですので、たまにはデートもしちゃうぞ!人生楽しまなきゃね!!これからもよろちくびー!!」と“マチャミ節”でけむに巻いた。

 ◆久本 雅美(ひさもと・まさみ)本名同じ。1960年(昭35)7月9日生まれ、大阪府出身の46歳。81年に上京し、劇団「東京ヴォードヴィルショー」に入団。84年に柴田理恵(48)らと劇団「WAHAHA本舗」を旗揚げ。85年に日本テレビのバラエティー番組「今夜は最高!」でレギュラーを務めてから、バラエティーに引っ張りだこに。現在はTBS「恋するハニカミ!」(金曜後11・00)などに出演。(引用:Yahoo/スポーツニッポン)


最近TVでみるとやけにスジばってるなぁと思ったら、久本雅美って46歳なんですか・・・


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インパルス・板倉、モデル系美女と半同棲発覚!写真週刊誌報じる

 お笑いコンビ、インパルス板倉俊之(29)がモデル風美女と熱愛中であることが発覚した。10日発売の写真週刊誌「フライデー」が互いのマンションを行き来する半同棲生活を報じている。

 同誌によると、板倉は4月上旬、モデル風の長身美女と都内のカフェバーなどでデート。双方のマンションは徒歩5分の距離にあり、頻繁に互いの部屋を訪れているという。板倉は同誌の直撃に「まいったな…」を連発。交際は認めつつも結婚に関してはお茶を濁した。所属事務所はサンケイスポーツの取材に「事実関係を確認中」と答えた。

 相方の堤下敦(29)はモデル、土岐田麗子(22)と結婚前提の交際中。コンビそろってモテモテだ。(引用:Yahoo・サンスポ)


お笑い界は今、結婚ラッシュですね。
恋愛や結婚は伝染するのかも???

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070510-00000006-sanspo-ent

吉本総動員イベント開幕!陣内智則苦笑いのワケ

 吉本興業所属の、のべ682人のお笑いタレントが大挙出演するお笑いフェスティバル「LIVE STAND 07」が28日、千葉・幕張メッセで開幕し、詰めかけた約1万人のファンを沸かせた。オープニングセレモニーには笑福亭仁鶴(70)が登場。陣内智則(33)は「3会場あるんですが、ムーディ勝山と出番がほぼかぶっていたので、お客さんを持っていかれてしまった」と苦笑い。30日まで。(引用:iza)

最近のムーディー勝山人気すごいですね。
YouTubeで検索すると沢山出てきます。(・∀・)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?b=20070428-00000033-dal-ent

【詳しい】カンニング竹山プロフィールなど

カンニング竹山、交際中の女性と入籍

 今年1月の会見では「今年中には結婚するつもり。ハデ婚はせず、ひっそりやります」と公言していたカンニングの竹山隆範が、兼ねてより交際中だった女性と入籍していたことがわかった。

 自身のラジオ番組『JUNK2 カンニング竹山 生はダメラジオ』(TBSラジオ)の生放送で語ったもので、これまでに10数年間、同棲を続けてきた彼女との入籍を伝えた。

 相方であり急性リンパ球性白血病を患っていた中島忠幸さん(昨年12月に逝去)が闘病中だったことから、これまで「そんな時期に(結婚)できるわけないだろ」と話していたが、中島さんの49日も過ぎたことから今回の入籍を決意した。(引用:オリコン)


【カンニング竹山のプロフィール、略歴など】
竹山 隆範(たけやま たかのり、1971年4月2日(戸籍上。実際は3月30日) - )は日本のお笑い芸人、カンニングのボケ担当。身長は168cm、体重68kg。血液型はO。サンミュージック企画所属。

相方の中島忠幸が2004年冬に入院してからはカンニング竹山と呼ばれることが多くなった。カンニング結成は1992年だが、1990年に福岡吉本NSC1期生として「ター坊ケン坊」のコンビ名で活動していたため、後輩として振舞っているくりぃむしちゅーよりも本来は先輩である。くりぃむしちゅーが竹山のことをさん付けするのはそのためである。同期はナインティナイン等である。

【来歴】
福岡県福岡市城南区出身。福岡県立早良高等学校出身。

【キャラクター】
額縁メガネをかけていて、誰とかまわず(時には自虐的に)キレまくる。しかし、あまり暴走し過ぎると相方の中島忠幸に逆ギレされ、途端にショボンとなることもあった。暴走すると行う行動の1つに、コント中に他の芸人のネタをパクろうとしたり、スタンドマイクから離れて大声を出したり、スタンドマイクを手に持ち客に突きつけたりする等の芸がある。数多くいる毒舌芸人やキレキャラクターの一人に数えられる。

ただ、素顔はテレビで見せるキレキャラとは裏腹に温厚であり、非常に真面目で、ファンへの受け答えもしっかり行っていることはテレビ番組でよく放送されている。後輩のヒロシが事務所のソファで寝ているのを見かけ毛布を掛けてあげたのを目撃されたことがあり、先輩の芸人に対しても腰が低いという。レギュラーの『探偵!ナイトスクープ』ではキレキャラクターをまず見せることはなく、依頼者の依頼に対応している。

最近では逆に「いじめられ、いじられてキレる」パターンが定着しつつある。よく「こんな番組全然面白くないぞ!」と怒鳴り散らすのがパターン化している。ただ、出始めた時に比べてキレる頻度はどんどん少なくなっている。本当は司会がやりたくて芸能界に入ったらしい。そして2006年からテレビ東京で本人初の冠番組『竹山先生。』が放送されている。

やや頭頂部が薄くなってきている。『IQサプリ』でも今田耕司などから「H・B・M(ハゲ・ブタ・メガネの略で、「エイチビーエム」と読む)」と呼ばれている。本人曰く、「メガネとハゲは自分でも認めるが、デブは認められない」。2006年7月29日放送分の台本中の出演者一覧に「H・B・M(竹山隆範)」と表示されていたことにキレていた。

その外見や少々うるさい普段の話し声が嘘の様な、澄んだ歌声の持ち主であり、U.N.O.BANDの楽曲でもその歌唱力が発揮されている。

幼少期、ヴァイオリンを習っていた事があり(3年間)[1]、その経験から笑いの金メダルでは「バイオリン忍者」というキャラクターで登場していた時期がある。後に一度だけ「バイオリン力士」で登場したこともあるが本人は嫌がっていた。終了後にくりぃむしちゅ〜の上田に「次は何だ?バイオリン殿様か?」等と言われ「やりませんよ!」キレていた。

【カンニング中島の悲報】
2005年1月6日の中島の入院会見では、竹山は真面目に報道陣の質問に答え、「自分のギャラを中島の治療費にも回したい」とコメントし、相方を非常に大切にする姿勢は竹山の印象を上げている一因になっている(実際、竹山の出演料を2人で分け合っていた)。ただ、よく中島のことを「あいつは全然面白くありません!!」等と言った直後に「でもあいつはいい奴です!」と言う。

2006年12月20日に相方の中島が死去し、翌日11時30分から東京・四谷のサンミュージック本社で記者会見を開いた。落ち込んだ様子で「正直、非常に残念な気持ち」「奇跡を祈ってきた」と語ったが、「これからもカンニング竹山としてがんばりたい」と、「2人でともに培ってきたカンニング」の竹山として芸能活動を今後も続けることも述べた。[2]そのため、現在は本名が芸名であるが、『カンニング竹山』と正式に改名する予定である。

【エピソード】
■唯一の持ちギャグは、両腕を交差させて手を開き指を絡める「ペロンチョ」。2004年に『内村プロデュース』(テレビ朝日)で一発ギャグを無理やりやらされそうになって生まれた。

■2004年7月10日、テレビ番組『エンタの神様』に出演中に突然「ここでウンコするぞ!!」と叫んでズボンを下ろして尻を出し、番組スタッフによって舞台から強制退場させられた。放送後、テレビ局(日本テレビ)やファンサイトに抗議が殺到した為に、8月28日の放送で謝罪した。後に、エンタの神様で反響のあった過去のネタを放送する回でこのシーンが放送されたが、モザイクがかけられていた。

■同年12月31日の日本テレビの特番『2004年最強のネタ芸人ベスト13』でも同様にズボンを下ろしている。また、「これからは雑誌FRIDAYの袋とじでウンコをする」と宣言した。

■『笑っていいとも! 2006秋の祭典SP!』(2006年10月7日放送)では、観客に対して「ブチ殺すぞ」と発言し、話題となった。ただし、同様のネタ発言はかなり以前から繰り返している。

【その他】
■2005年3月、デーブ・スペクターとの異色漫才コンビ「デーブ&デブ」を一夜限りのみ結成(←『笑いの金メダル-第39回-』)。

■2005年11月1日、山崎邦正との異色漫才コンビ「竹山崎」を結成し、M-1グランプリに出場。3回戦まで進出した。また、2006年にはたむらけんじも加わり「たむらけんじと竹山崎」として3回戦に進出している(2006年11月4日現在)。

■いつもここから、アンガールズとバンド「U.N.O.BAND」を結成、2005年11月23日、ソニー・ミュージックエンタテインメントからCDデビュー(担当パートはボーカル&ドラマー)。但し、最初で最後のライブイベントには「音楽性の違い(実際は大阪で仕事があった為)」を理由に参加していない。高校時代は学生バンドのボーカルだった。

■『虎の門』(テレビ朝日系列)では、2代目ブラックタイガーとして『ブラックタイガーのO.A.チェック』等のコーナーを担当していた。しかし、番組の最初と最後の合計2〜3分程度で、ブラックタイガーとしての出演時間はかなり短い。現在は「お笑い Tiger's Gate」というコーナーでレギュラーを剥奪され、ADとして番組中カンペを出している。(このことをあまり触れられない回もある。)

■実家は裕福で末っ子の為、甘えん坊な一面がある。未だに親のことを「ママ」と呼んでいる。(父親は他界)

■中学時代、新体操とバスケットボールをやっていた。

■デビュー当時は吉本興業に所属しており、福岡吉本の1期生。当時はケン坊田中と「ター坊ケン坊」というコンビ名で活動していた。そして「お笑いめんたいこ」の初代チャンピオンである。R-1チャンピオンの博多華丸とは福岡吉本の同期で熱い仲をアピールするも、華丸が東京に出てチャンピオンを取るまでは連絡を取らなかった。吉本を辞めて東京に出た理由が「(このまま吉本に残り)福岡で活動しても、華丸・大吉には勝てない」という理由からだったと語っており、少なからず連絡を取らなかった事と関係していると思われる。余談であるが「ター坊ケン坊」はTNCのピィース!が開催したお笑いイベントで一夜限りであるが復活している(ケン坊は再結成を強くアピールしたが、竹山本人は強く否定していた)。

■Janne Da Arcのボーカルyasuがファンだった事から、2004年7月に発売されたJanne Da Arcのアルバム『ARCADIA』(オリコン最高位2位)・シングル「月光花」(オリコン最高位の2位)の宣伝部長に就任。

■座右の銘は『どうにかなるだろう』。

■過去に債務整理(特定調停)したことがある。

■大の犬好きであり、家で飼いたくて仕方ないのだが、同棲中の彼女がなかなか許可してくれないらしい。

■運転免許は普通自動車を取得しておらず原付のみ。2006年春にイタリア製のスクーター・ベスパを購入。中村雅俊マイ・ホームページにゲスト出演したとき、また自分の番組の第1回目にも報告していた。松田優作が探偵物語で乗っていたのに憧れて大金をはたいて買ったのだが、すぐさま煙を吐き出すトラブルに泣かされ、多忙の為なかなか乗る機会がないらしい。

■過労の為、又中島の事もあり、いろいろストレスがたまったせいか、2005年9月25日に憩室炎(けいしつえん)により緊急入院した。2日間で退院。

■今の彼女と長井秀和の妻が親友同士。彼女と一時険悪であったが仲直りし、2007年に結婚する予定である。

■サウナでアルバイトをしていた時に指名手配犯を捕まえたことがある。

■誕生日は戸籍、プロフィール上4月2日となっているが、実際は3月30日である。その理由は3月30日だと早生まれになるから(ほぼ4月生まれになってしまうからの意味である)とのこと(この事は、3月20日〜4月1日生まれの人は産婦人科でよく聞かれる。受け入れたら4月2日生まれになり拒否したら生まれた日が誕生日になる。)。3月30日の『笑っていいとも』の達筆王で暴露した(本人は遅生まれと発言していたが、正確には3月30日は早生まれである)。その為、相方である中島とは本来は一学年違うのだが、同学年となる。

■『中居正広のブラックバラエティ』では「カブトムシさいとう」「コンバースさいとう」と呼ばれている。

■『クイズプレゼンバラエティー Qさま!!』の、高さ10mの飛び込み台からプールへ飛び込むコーナー「10m高飛び込み」では、飛び込むのに1時間19分18秒もかかり、リタイアした(2時間経っても飛び込めなかった)人を除いては最長記録であり、「チキンNo.1」の称号を持っている。その後、ビビリ橋にも挑戦したが、これもチキン(臆病者)な結果となった。

■現在種牡馬になっているグラスワンダーのファンである。

■木曜JUNK2「カンニング竹山 生はダメラジオ」の番組内では、自慰行為のことを「ニーオナ」と言っている。また、この番組が、今芸人の間で起こっているTENGAブームの火付け役となった(一番最初にTENGAを使った芸能人は福山雅治)。

■ネットで発信してきたコラムが書籍化されるが本人は「現在の芸人の本の出版ブームに乗ったものではない」と否定している。(半年ぐらい前から計画中だったとの事)
(出典:Wikipedia)